2017年01月14日

引き算の組織健康学(その7)

企業がシステムを導入しないとどうにもならないと悲鳴を上げた状況においても、優れた臨床家はすぐに処方箋を書かない。

ここでいう臨床家とは、SIerのことではありません。
SIerは本来、臨床家が行った処方採用の結果によって現れてくるはずですから、登場するステージが違う。

企業が自分自身で、自社にある多彩なリソースを再認識し、それらを使う具体的な計画ができてから、その実行を補完する手段の一つとしてSIerが登場した場合に限り、両者は高いレベルでWIN-WINの関係が築けます。

それについてはあとで述べますが、実際には相当早い段階でSIerが登場してしまいます。

リソースの再認識どころか、自社にとって何が必要かが明確にイメージ出来ていない状態なことがほとんどです。
システムを使って行うのは業務上の「繰り返し作業」ですから、具体的には「誰が」やっている「何を」という一挙手一投足からの昇華方法の顕現化です。

しかし現実には、比べ物にならないくらい漠然とした形で話が進んでいきます。

もちろん構想段階では漠然としている方がよいと思いますが、プロジェクトが開始されても構想とあまり大差ない意識で進んでしまって非常にマズイ。このままだと張り子のシステムに大金を投じることになる・・。

仕方ないので、自分たちの問題の解決方法を、呼んできたSIerに考えてもらおうとするケースがほとんどです。

100パーセント丸投げとまではいかないまでも、先ほど述べたように、システム開発で行おうとするのは「繰り返し作業の昇華方法」ですから、そこをしっかり掘り下げていない分だけ、SIerに自分たちの義務や責任(言い方によっては『権限』まで)をゆだねてしまうことになります。

でも、本人たちは、「よく検討した結果、御社に来てもらった」と言います。
やってもらうのは、あくまでも解決用の道具作りだけだ、と。
ほぼあらゆるケースで、そう言っていると私は思っています。

「自社の課題を自分で考えられないから、それも御社で考えて、解決できるシステムを作ってほしい」なんて言えません。

「検討の結果、この条件を満たすシステムを導入したい」というフレーズが、一体いくつの未解決問題をはらんでいることか。
それは、要件定義の打ち合わせを始めた時に、うじゃうじゃと露呈してきます。

個人の悩みの上っ面だけを聞いて、すぐにセラピーに入ろうとするカウンセラーが、ワークを始めた途端、幾多の抵抗に遭い、最初の診たてが間違っているのに「これは陰性感情転移だ」などと錯誤を深めて問題をこじらせ、ズルズルと長引かせるように、企業とSIerも問題をこじらせ、それに比例して開発費用がかさむのはよくある話です。

専門家は、こうして悪化した問題を、コミュニケーションの中に指摘しますが、実際にはその上流に原因があり、企業とSIerの意思疎通を問題視しても、SIerにお金が流れるだけで、クライアントである企業側の解決にはつながりません。

また、SIer側にしても、会社はそれで売り上げが拡大しますが、中で働いている人にとってはたまったものではありません。

職場環境の汚染が人間関係の悪化をまねき、それにより健康を害し、家庭を壊し・・、と、稼ぎは増えるかもしれませんが、それに見合ったリターンを得ているかどうかは大いに疑問です。
posted by 四緑文鳥 at 21:56| Comment(0) | 八白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする